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ディレクターチーム

小松由弥


今回の撮影で訪れたのは、松山市の老舗レコード店モア・ミュージック。プライサーのディレクターであり、かつては趣味でクラブDJもしていた小松由弥は店に入るやいなやレコードを堀り始め、オフスプリングのレコードを見つけると「このへんは青春ど真ん中です。高校の時に組んでいたパンクバンドでコピーしていました」と目を輝かせる。小松はバンドの屋台骨を支えるドラムを担当しており、花形とも言えるギタリストがプライサー代表の石津知転。そう、二人は高知のハイスクールの同級生だったのである。


「石津さんは学生の頃から目立っていましたね。たとえば、学校に面白い部活がないからと、彼が旗を振る形で“メニー・スポーツ・マッチョマンズ”といういろんなスポーツにトライするクラブを設立して、僕もそこに参加していました」


“メニー~”では当時流行していたスケートボードをはじめ、ゴルフ、ソフトボール、ダイビング、スキーなどに取り組み、先生に直談判して顧問までいたのだから恐れ入る。石津の今につながるDIY精神あふれる活動を目の当たりにしていた小松は「当時からとてもユニークな発想の持ち主でした」と一目を置いていた。逆に石津も小松の非凡な才能に気づいていたのだろう。

数年前、十数年ぶりに再会した小松に「オマエと一緒にやりたい」とプライサーに誘い、二人の関係性は悪友から盟友に変わる。以来、ディレクターとして最前線に立ち、「楽しんで取り組めた仕事は、特に効率も効果も良い結果が得られます。その一歩として、まずはお客さんに楽しんでもらわないと」という、顧客第一のスタンスで仕事に取り組んでいる。
 

小松の一番のこだわりは「できる、できないという判断の際に、それできません! と言う前にまず一考する」で、石津の“明日やろうは馬鹿やろう”という攻めの姿勢とも相通じるものがある。


「できないと思ってても、できる道を模索する必要があるんです。これはできないですねと即答することは避けたいですね。無茶な話でもどこかに落しどころを見つけたい。お客さんを第一に考えるというのが一番重要です。幸いなことにプライサーは個々のスキルが高いうえにフレキシブルな対応ができる組織なので、お客さんの要望にも柔軟に応えることができる。あと、振り返ることはあるけれども立ち止まらない。何かにぶつかっても進んでいくというのはポリシーとしてありますね」



小松の故郷・高知には“頑固で気骨のある男”を意味する“いごっそう”という土佐弁がある。彼もまたそれを自負しており「基本的に宵越しの金は持たないですね」と豪語する。それでいて顧客はもとより同僚にも人一倍気を遣うタイプで、誠実な人柄は誰もが認めるところ。将来のヴィジョンもしっかりと思い描いている。


「僕は快楽主義者なので、いつまでも遊んで生きていければ。僕の言う遊んでというのは何も仕事せずというのではなく、自分の知的好奇心を満たしたり、みんなと楽しくコミュニケーションをとるということなんです」


元来、人と接するのが好きなのだろう。ストレスが溜まったらクラブに行ってパーッと遊び、出張の際は外国人の多いバーで英語のスキルを磨いているそうだ。モア・ミュージックへの行き帰りの車中でも、ああだこうだとしゃべり通し。まさに天職である。
【2018/04/24取材】

どいて!おばけ!