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開発エンジニアチーム

池川隆紀

異業種からの華麗なる転身。
プライサーのソフトウェアエンジニアである池川隆紀の前職は銀行員。二十代の頃は転勤で四国各地を転々としながら支出の一番は交友費という日々を送り、結婚後の数年前にポッドキャストで現役エンジニアの番組を聞き始めたのを機にプログラミングに興味を抱くようになる。


やがて独学で始めたプログラミングの世界にどんどん引き込まれ、本人いわく「良くも悪くもモデルケースが見えてくる」という銀行を辞めて、エンジニアになる決意を固める。妻や親族からもそれほど反対はなかったそうだが、何が彼をそこまで駆り立てたのか?


「10年も同じ仕事をしていて飽きてたのかもしれないですね。まぁ、なんか違うことをしたかったというのもあるし、転勤が多かったから妻と一緒に住めなかったというのもあるし、いろんな要素が組み合わさって転職しようと思ったのかな。エンジニア35歳定年説がささやかれるなかで、35歳までになれたらいいなというのがあって、逆算すると学校に行くのは33歳で会社を辞めないと間に合わないんですよね」
 

 

YouTubeやZoomを介したネット上のセミナーにも積極的に参加。


緻密な人生設計に基づき、2年前に銀行を退職した翌日に池川は単身で東京へ移り住んだ。大都会の片隅に住まいを借り、約半年間、24時間営業のITスクールに通う。現地には友人もおらず、妻が訪れるのは月に一回くらい。「後がなかったんで(笑)」と本人は回想するが、自分を追い込むべく12時間ずっとコードを書いていた話からは、修行僧さながらの姿が思い浮かぶ。そして、怒濤の半年を終え、帰郷した池川がプライサーに入社したのが1年前。

「自分の第一条件は技術が強い会社であること。自分のやりたいことかできる。自分が学校とかで学んできた知識が活かせるということでした。プライサーは小さな案件から大きな案件まで、いろんなことをやっている。そこが良かったですね」


面接に立ち会ったベテランエンジニアも、覚悟を決めた池川の姿に何らかの可能性を感じたのであろう。入社後はとまどいの連続であったが、銀行員時代に培ったコミュニケーション能力を活かしていくつもの山を乗り越え、今では先輩エンジニアも“難しい仕事も難なくやり遂げてくれて、大変助かってます”と全幅の信頼を寄せている。


プライサー社内の卓球部にも所属。マイラケットを所有するほどの熱の入れよう。


池川が仕事をするうえで心がけているのは「テンション上げすぎない。準備は入念に。わからないことは極力解決する」ということ。テンション云々というのは気持ちの上下にパフォーマンスが影響されないようにするためで、いつも淡々としたふうに映るのはそのせいである。

謙虚とも言えるし、ストイックとも言える池川が今の地位を確立させるまでには人知れぬ努力があったはずだが、異業種を含めた転職志望者には「早ければ早い方がいい」とアドバイスする。とはいえ、はじめの一歩が踏み出せない人が多いのも事実である。


「やりたいようにやったらいい。あんまり人に相談しなくともいいんですよ。いろんな人に相談しても人の数だけ意見が出てくるわけで、何やっても後悔することはあると思う。あとは勢いですね」


この夏、池川は入社2年目にして開発チームのリーダーに就任した。

【2020年8月取材】

どいて!おばけ!